メイドインジャパンのハーレー!? 名車「陸王」についてのお話

投稿日:2020-02-28

若いハーレー・バイカーと雑談をしていたときに「陸王」が話題になったのですが……「あ、あのドラマ面白かったですよね、観ました!」なんて言われてしまい、少なからず凹んでしまった筆者です。

知っている方にとっては今更ですが、陸王はハーレーと関係が深い日本の名車です。今回は、その歴史について軽くお伝えしまっす!

 

陸王はパクリではない。ノックダウン生産車がオリジン!

日本に最初にハーレーが輸入されたのは、恐らく1912年か1913年だと思われます。それが1924年に本格的に輸入されるようになったわけでして、それを手掛けたのは、医薬品メーカーの三共製薬でした。そして……1933年には、日本生産のハーレーダビッドソンが登場しました。V型1,200ccのサイドバルブエンジンを搭載するそれは「陸王の大馬力」と呼ばれました。

が、それはノックダウン生産であります。販売はハーレーダビッドソン販売所の名で行われました。この辺りは、1920年代から、自動車のGMも日本に工場を建てて生産していたのと酷似した経緯を辿っています。

 

陸王は軍用車として成長を遂げた!

車両としては、世界最高峰とは言えないまでも、十分にワールドクラスな当時のハーレーでしたが、いかんせん舗装路すら稀な日本では、それほどのニーズがないわけで……ところが1936年、軍用車としてググっと存在価値を高めたのです。そして社名も陸王内燃機に改められ、軍用車としてのモディファイを行いつつ、オリジナリティを出していったのです。その象徴が、97式であります。

前後に19インチサイズのホイールを履かせて最低地上高を上げ、センターアップマフラーを装備。水深30cmでも走行できる、と言われたモデルであります。

 

第二次世界大戦後も努力は続けられたが……

そんな陸王でしたが、第二次世界大戦後にも事業を再開させます。750ccエンジンを搭載したRQなどで頑張りましたが、第二次世界大戦後の焼け野原となった日本では、ほぼほぼ需要はなかったのではないでしょうか?何しろ当時は、自転車に小さな発電機用エンジンを付けたバタバタが売れまくっていた……そんな時代でした。

で、残念ながら1949年には品川工場は閉鎖されてしまったわけですが……1951年、陸王の残党が新たに陸王モーターサイクルを立ち上げました。そしてRQをベースに開発したROをリリースします。これもまた、ほぼほぼ売れなかったと思われます。

ところが1953年、再びROをリニューアルして、新たにRQを発売しました。これはアルミ製シリンダーヘッドや油圧フロントフォークを採用した意欲作でしたが……本当に残念なことに……まだまだ日本には大型車を求める市場は存在しませんでした。

その後、英国車の単気筒モデルを模したモデルや、RQをリニューアルしたRTなどを発売しましたが、陸の王者らしい販売記録を残すことはありませんでした。

 

それでも陸王は名車なのだ!

とは言え、第二次世界大戦前からライセンス契約して生産したり、工作機械を購入し、生産管理方法を本社から学んで生産されたのが陸王です。それは日本の産業発展における仇花ではありますが、しかし日本が誇る名車の一つであると、筆者は考えています。

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